Vol.5 バランスの上に備わるデザイン性

住む人への配慮とあくなき探究心が絶妙なバランスを生む。
難波社長がプロの目から見た良いデザインとは何かを語ります。

 


                                                                                    [青字]インタビュアー [黒字]難波社長

 


あとは素人さんから見て良い家と玄人から見た良い家はまた違うしね。どこを称して良い家と言やあいいかがね。

 

社長もたまには他社の見学会とか行かれるんですか。

 

行きますよ。もうしょっちゅう行きますよ。

 

その時は、今うかがったあたりを

 

見ます見ます。一番に全部見ますね。ある意味バランスを見ますね。まず外観から入って、バランス、家のバランス。ほんならね窓の高さ、入れる位置、で家のバランスゆうのはものすごく大きく違うんですよ。窓の入れ方で。考えとる人は絶対に考えとる、位置。から電気の引き込み線とか、クーラーなんかの配管関係。そんなものがもろに見えるところとか云々とかいうて何の配慮もない。こりゃあもう下の下じゃな。いきあたりばったりでつくっとるという。新しいものをつくるんだから。そりゃ配慮せないかんでしょうね。まずバランス見て、で雰囲気で。あとは個人差ですが。僕個人の好きな外観もあれば嫌いな外観もある。だけど、嫌いな外観なんじゃけど理屈に合うた外観つくっとる人もおる。確かにやっぱりできるなと。わしはこうゆうセンスはねえなぁと。俺は違うなぁと。俺の好きな雰囲気の家に行った時に、これは勝っとるなぁと、俺だったらこれはもっとこうするなと。ゆうた時にはもう黙っときゃいいんですよね。ま、それで入る。で、入ったらまたやっぱり雰囲気、今もゆうた雰囲気。で、見る、それぞれの柱とかドア関係とか、照明器具とか、くるりっと見まわした時に、そこでどうゆう配慮で。「あ、格好いいなぁ」と。格好いいなと思うた時に、私の見方は、「この家カッコいいなぁ」「この玄関カッコいいなぁ」、外観も含めて。「どうしてこの家はカッコエエんなら」と問いかけるんですよ、自分に。
パッと見たと。ま、外観から入ろうかな、ほんなら。「あっ、この家でれえカッコええ。どこがエエんじゃろか?」と見るわけね。
ほんなら塀のラインの瓦のラインと、屋根の瓦ライン、平屋、2階の瓦ラインがこうつながってくるじゃないですか。「あ、この横の流れがカッコエエんだ」と。この家は。で俺にカッコエエんだという信号送ったんだなと。たらその家のバランスを覚える。そこには今度は切妻でガーンと出てくる。「力強いな、カッコエエな」と。「何でじゃろうか?」というた時に、「あ、この屋根のこの出が強調しとんじゃ」と。その強調が、嫌味じゃない強調の仕方なんですよね。ほんならそのためには、木をこう納めて梁が出て母屋が出て、「あ、あの母屋のあれが利いとんじゃな」という自覚をする。だから今度家を建てる時にわしが思うとったこれ使おうとか。
中へ入るのも同じです。「お、かっこいいなこれ」と。「なんで良いんじゃろ」と考えたときに、「あぁ、なるほどなぁ」と。天井にそうゆう照明器具を埋め込んで、いやな出っ張りをのうなしとる。ま、そのぐらいの人じゃったら全部回り縁の関係とかね、内法の高さの関係とか。「ありゃ、ここに柱が本来ねぇとおえんのに、何で柱が無いんでぇ」と。いうのがあるわけですわ。普通の家の考え方はここへ柱がおるんですよ。で、入口じゃからここへ柱がねぇとおえんのに、柱が無いんです。それは意識して、その人がやっとるわけ。そういう家は「ええなぁー」と。計算してその人はつくっとる。意識してつくって、そうゆう風に見さそうとしてつくっとる。僕はそういう家はいいなぁと。配慮しとるわけですから。配慮もせずに何もない、はいどうぞ、作った、窓入れた。これは誰でもできるんですよ。その配慮ができるかどうかで僕らは、良い悪いをつけてます。

 

先程の窓の高さに、つける位置によって

 

部屋の中の雰囲気も違うし、外観も違う。ここに入れるんと、上に入れたら、これを上へ入れただけで部屋の中はものすごく落ち着きますよね。それが、外から見た時に、窓のラインの今度は連結しますから、それとのバランス、なんかも見ますね。それを上手に入れとるところがあるんです。そうゆうなん見た時に、「あぁ、こいつすごいなぁ」と。「そこまで考えとんじゃなぁ」と。ゆうて感心するわけ。そりゃぁもう設計士じゃろうが大工じゃろうが家を建てる人はみな分かっとかにゃ。その大工さんなんかでもその意識で入れていく。そうゆうことです。そうゆう家がエエ家。僕は思いますね。計算しとる。その計算してやっとるのを意識ささない。結果として「エエなぁ」と感じさせる。プロから見たらそれがエエ家なんですよね。それはもう強度とか、もつとか、仕事がきっちりいっとるのは、それはもう当たり前のことですから。そっから先に行くともうやっぱりデザインですわ。良い悪いはね。

 

デザインもこだわってらっしゃるんですよね。

 

そりゃ家ですから絶対です。もう絶対です。なんぼ良い家ゆうても田舎の棟梁が、昔ながらの棟梁、腕のええ棟梁が、ワンパターンの同じ家ばっかり建っとっても、これはいかがなもんか。ごついだけがごっつぉ?柱が太かりゃえかろうがというんじゃけれども、私は部屋の中の広さに対しての、柱の太さゆうのはあるはずなんですよ。絶対に、バランスとして。昔の家の木割ゆうものは柱の太さから判断して、敷居はそれの2分の1とか4分の3とか、落し掛けはこうだと。落し掛けがあって床框はなんぼと。全部、柱の木割から寸法ゆうのは決まってきとんです。それが昔から延々と培われた伝統でベストのバランス。ほんなら柱の太さがこんだけあるゆうたら部屋の広さまでだいたい決まってくるんですよ。天井の高さまで決まってくるんです。それはもう普遍の美しさなんですよね。そうゆうものから始まった時に、それが出来とってなおかつ、「何で柱がここへねぇん?」となった時に、それが妙にバランスが合うとる時がやっぱりあるんですよね。意識しゃあ。そうゆうのにはもう脱帽ですわ。「参った!こいつすごいわ」ゆう。細部まで知っとった上で、わざっと消しがったなぁ。こういう人に建ってもろうたらエエじゃろうなぁ。それは、大工さんが建てとんか、設計士が設計して工務店がやっとんか、それは分かりませんよ。じゃけど、大工ゆうものは昔から、僕が言うたように、大工の棟梁ゆうものは、自分で設計して自分でやりよったわけですから。とりあえず家を建てるとゆうことですからね、いずれにしても。ただ、今設計者がどうのこうの言うんだけども、往々に設計者が描いた家は、往々にそうゆう庇とか云々そこまで考えずに、家のための事を考えずに、デザイン重視にはしりすぎてますね、今度はデザイン重視。で、理屈に合わないんですよ。その理屈に合うゆうのが家のためとかね、そうゆう太陽光線のためとか、云々ゆう。のを無視して、こうやればデザインがスッキリいく、だからそうゆう家建てとる。見たらそりゃあスッキリしてますよ。だけど、スッキリしとんがエエ家じゃないんよゆう。だけどそうゆうなものが備わった上になおかつ、もうひと配慮しとるというのが、エエ家だなぁと。単価がなかったら、それをせにゃあええんですよ。普通どおりに納めりゃ、普通どおりの家、普通の家。それもエエ家なんですよ。単価の割に、そうゆう事をした。そうゆう見さそうとした時に、そこにひと手間入れるわけですから、どうしてもそれだけ高くつく。これはもう当たり前のことじゃないですか。それが嫌味なしに、すんなりと我々に訴えかけてくる。それがエエ家です。そこに柱があってもいいんですよ、そのままのありふれた家で良いんです。これも良い家なんです。飽きもこない。時間がたてばたつほど味が出てくる良い家なんです。

なんば建築工房のこと|会長インタビュー

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