Vol.26 これからの棟梁に必要なこと

Q.これからの棟梁に必要なことは?

 

木組み、伝統工法を重んじながら勉強し、現代の建物と調和さすというのがぼくの考え。

古い家を直している職人がそこまで感じ取るかどうか、それを現場にいって言わないといけない。この丸太がこうなっていて下で受けてるから強いんだとか、ぼくは自分でみて分かったが、若い大工は漠然と見ているだけかもしれない。分かっていてくれてたら嬉しいが、それを教えるのがぼくの仕事。言うてやらんと気づかない。板の裏を見てなるほどな、ここまでやっとんのか、と。

 

Q.そういう知識がつくと、プランでもぱっと出てくるようになりますか?

 

そういう頭で発想するし、自信満々で言えますから、納得性が違うし、迫力が違う、施主にとって安心感になる。それが分からんと、施主さんを納得させることはできない。自分が分かってないと。営業マンというのは仕事が分かっている人がやるのがベスト、だけどそれだけじゃダメ、設計力・プラン力も必要、空間構成がぱっと出る人じゃないと。

 

Q.会長のようになりますか?

 

なりますよ。なってもらわんといけん。空間構成は好き嫌いがあるじゃないですか、これは個人差があっていい。

木の手業の跡を見て、それを今の自分が建てようとする家に応用するかどうか、心がけ次第。古い家がたきものでかえってくる、ほぞうひとつでもありひとつでも、職人と話をする。この木は檜かな、杉かな、とか。材質当てとか、クリだ、ケヤキだ、言うて、古いつがを削って新しいつがをみて、材木の当てあいこをしたりもする。

 

それもひとつ知識を増やすというか、職人も当てたら粋に感じる。鼻高々になる。それを褒めると職人は喜ぶ。たまに仕事を見てひとこと褒めると、またしてやるぞとなり、自然と職人としてのプライドも育つ。今は上から図面ができてこれをやれと渡されると育たない。

 

こんなイメージなんじゃと、あとは任したよという言い方のほうが、職人が作るときに考える癖がつく。図面を渡して図面通りにしろというと、考える職人は育たない。使い捨てになる。職人の芽をつむことになる。考えてやれよと言ったら、自分で考えだす。上からくさびをうってみたり、色の違う木でを入れてひとつの模様として出してみたり。いちょうのようなイメージにしてみたり。自分で考えだす。

 

自分で考えることが絶対必要。そうすれば、こっちも楽になる。ここは許したらだめというところはきちんという。そういう自由な発想のときはぽーんと任す。そういうやり方が職人を生かすというやり方。職人も喜ぶ。

 

そうすると職場が明るくなる。棟梁を育てるには、考える癖をつける必要がある。全員ができるわけじゃないが、のびてくる人もいる。図面屋よりも上になってくる。それが昔でいう棟梁になってくる。営業関係もできる。お茶やお花もできる。

 

Q.棟梁はお茶もお花もできるんですか?

 

絶対にできんとぼくはできんとおもう。茶室なんかも表と裏もあるし、勝手があるじゃないですか。逆に床をつけたら逆勝手になる。お茶をしてないと、茶室はできん。自ずからしないといかん、それにやっていたら面白くなるし、それがものを見る目を養ってくれる。

 

Q.そういうことがあったうえでの発想が、なんばさんの設計事務所との違いですか?

 

おそらく。いいとかわるいとかじゃなく、それが私のスタンス。ものの見方、考え方、それを受け取って自分の仕事にどう生かすか。

なんば建築工房のこと|会長インタビュー

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